まだ一粒ずつきらきら輝いて、流れたり、ころがったり、うたったりしているピアノの音が聞こえています。弾いたのは梯剛之(かけはし・たけし)。ヴォルフガング・ダヴィッドのバイオリンとの共演で、モーツァルト、シューベルトのヴァイオリン・ソナタとベートーヴェンの「クロイツェル」ソナタを聞きました。二人の奏でるモーツァルトは気持ちのいい風の吹き渡る林の中を散歩して、身も心もやさしく軽やかに、モーツァルトの音楽のいるところに運んでいってくれるようでした。音楽をきいてこんな幸せになれるなんて、不思議です。この幸せ感はなにかとくらべることができないものです。とりわけ梯の演奏は、まじりけのない純粋さにつらぬかれ、彼の中にある音楽が輝いてそこにある、すばらしいものでした。これ見よがしの演奏や、表面の感情の起伏をなぞるのとはまったく別の、もっと奥深くにあるとても静かでやわらかな、音楽そのものと出会う喜びを与えてくれました。激しいクロイッツェルの、強く激しいフレーズを力強く奏でているときでも、そうでした。
前に『いつも僕のなかは光』(角川書店)を貸していただいて読んで、彼の快活に音楽とともに生きてきた姿、文章のてらいのなさ、に心動かされていたので、こんなすばらしい演奏をきくことができた喜びもひとしおの夜でした。
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